そのアツさは、もやはハリウッドも無視できないくらいだ。
Bollywoodとはインド・ムンバイの映画業界やヒンディー語の映画を意味し、ムンバイの旧称「ボンベイ」と映画産業のメッカであるアメリカの「ハリウッド」の語呂合わせでボリウッドと名付けられた。
最近ずっと気になっていた2作品を観たので、是非ここで紹介したいと思う。
その2作とは、『The Namesake(邦題:その名にちなんで)』 と『The Lunchbox(邦題:めぐり逢わせのお弁当)』。どちらも俗にいうインディフィルムでありながら、映画ファンを魅了し、高い評価を得た作品たちである。
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『The Namesake(邦題:その名にちなんで)』 は、インドから米国に移民した家族の30年を描いた作品で、新人作家として極めて異例なピューリッツァー賞を受賞したインド系アメリカ人の女性作家Jhumpa Lahiri(ジュンパ・ラヒリ)のベストセラー小説を映画化したものだ。家族の絆と愛を描いた、いわゆるヒューマンドラマである。
私は友人に勧められてこの本を読み、非常に感情移入してしまい、私にとって特別な一冊となった。
作品の中で移民した家族は、インドのベンガル出身であるが、作者のジュンパ自身がベンガル出身の両親を持っていることから、彼女自身とてもパーソナル(個人的)な小説だとしている。
Namesakeとは、直訳しづらいのだが、名前をもらった人、名前の由来、同じもしくは似た名前を持つ者、を意味する。
実在するロシア人作家のニコライ・ゴーゴリの名前から、ゴーゴリと名付けられたインド系2世アメリカ人として育つ息子の名前をめぐる物語を軸としながら、インドから移民してきた両親の苦悩と孤独、伝統を重んじながらもアメリカへ適応していこうと努める様、一方で、ニューヨーク州で生まれ育った子供達の価値観の違いや、その子供達のアイデンティティの葛藤などを描いている。
親子の愛情、家族の絆、すれ違いや関係修復への努力などを浮き彫りにしていく。インドとアメリカという2つの国、文化、親子2世代を描いた作品。
私自身、生まれて間もなく家族とともにアメリカに引っ越し、アジア人のほとんどいない南部で幼少期を育ち、その後また日本でも青春時代を育ったため、アイデンティティを見失うことも未だに多々あり、本作を読んだ時も、フィルム化された映画を観ながらも、ものすごく通じる部分があった。また、渡米する前は日本で30年を過ごした私の両親もきっとアメリカに初めて来て、同じように葛藤や、家族親戚と離れていることの寂しさ、日本人である自分の子供であるにも関わらず、私と姉がどんどん西洋化して育っていることへの複雑な思いを経験したことだろうと想像した。
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続いては、『The Lunchbox(邦題:めぐり逢わせのお弁当)』。
イラはムンバイ郊外に暮らす若い主婦で、そっけなく冷たい夫にして愛が冷めたような感じを受け、関係性を修復するきっかけになればと愛情を込めたお弁当を毎日作っている。そのお弁当を、ダッバーワーラー(お弁当運び屋さん)に頼み、市内にある夫のオフィスに届けてもらっている。心をこめて作ったお弁当が、ある日、お弁当箱がすっかり空になって戻ってくる。イラは夫が完食してくれたと喜んでいたが、どうやらお弁当は全く別の他人に配達されているようだということに気付く。
そのお弁当を毎日のように食べているのは、定年をまもなく迎える孤独な会計士のサージャン・フェルナンデス。彼は家の近所にある食堂と契約して毎日お弁当を作り届けてもらっていたが、ある日から手の込んだ美味しいお弁当に変わっていたので、不思議に感じていたが、やがて、イラがお弁当の中に入れた手紙を読み、イラが作っていたお弁当だと知る。
とはいっても、2人は顔も知らない赤の他人。
2人はお弁当に手紙を入れ、毎日手紙を交換するようになる。
仕事も淡々とこなし、他人に興味を示さないサージャンは同僚たちからも冷たい人だと思われていただが、イラのお弁当と、イラとの文通、そして自分の仕事を引き継ぐ相手である後輩のアスラムとの出会いによって、サージャンは穏やかさを取り戻し、心もほぐかれていく様が描かれている。
ちなみに、このムンバイ独自の弁当配達を調査したハーバード大学の研究によると、ダッパーワーラー(お弁当運び屋さん)が誤配する確率というのは、600万分の1だとか。
この奇跡のような出来事から、2人はどんな変化を遂げて行くのか。
サージャンとイラは果たして文通をこえ、実際に会う日が訪れるのか。
是非DVDなどで続きを見ていただきたい。
お弁当を通して、登場人物たちの生活、人生、価値観などが浮き彫りになる、そんな映画。
すごく印象に残る映画内での言葉があり、それは「人は間違った電車に乗っても、必ず正しい場所に辿り着く」というもの。
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どちらの作品も、派手さはないが、心には強く何かを訴えかけるような力強さのある映画である。
ハリウッドのように莫大なお金をかけた超大作ではないがゆえに、もっと人間同士の関係やコミュニケーションなどいった根本的な部分にフォーカスをした映画が生まれるのかもしれない。
ようこそ、ボリウッドの世界へ。