読書が三度の飯よりも好きな私は、ブックストアをぶらぶらするのが一つの趣味である。
私が『Never Let Me Go(邦題:わたしを離さないで)』と最初に出会ったのは、なにか面白い小説がないか、いつものようにブックストアを彷徨っている時だった。
事前にこの本について知っていたわけでも、前評判を聞いていたわけでもなく、すごくランダムな出会いだった。
イギリス最高の文学賞“ブッカー賞”作家、Kazuo Ishiguro(カズオ・イシグロ)の名前は勿論知っていたが、彼の小説は読んだことがなかった。それは、彼の書く物語は、とてつもなく哀しく、暗い、寂しい物語だというイメージがあったからである。
それもそうだろう、彼の代表作のタイトルを見てみると…
The Unconsoled(和訳:充たされざる者)(1995年)
When We Were Orphans(和訳:わたしたちが孤児だったころ)(2000年)
Never Let Me Go(和訳:わたしを離さないで)(2005年)
このイメージはあながち間違っていない。
一見、ラブストーリーを思わせるこのタイトル。
一見、ラブストーリーを思わせるこのタイトル。
この物語は、サイエンス・フィクション(SF)にカテゴリーされているが、どこらかといえば、ヒューマン、そして社会派の物語であるように思う。また、ラブストーリーの要素も多いにあるが、題名から連想するような「ザ・ラブストーリー」では決してない。
現実でも、悲しいかな実際にないとは言えないのであろうが、話の内容が、社会の禁断区域に触れており、とても残酷がゆえに、かなりの批判も浴びた作品である。
人身/臓器売買(売春目的ではない)、クローン、臓器移植などがテーマとなっているので、小説を読んでみようと思う方も、映画を観てみようという方も、どんよりと暗い気持ちになることを覚悟して読んで/観て欲しい。
近代的あるいは近未来的なトピックと、舞台が過去(1970年代終わり~1994年くらい)なのも面白い。
“Never Let Me Go”は作品中に出てくる歌のフレーズから引用され、題名としてつけられている。
ココからはネタバレ注意↓
外界から完全に隔離された謎の寄宿(全寮制)学校で育ったキャシー、ルース、トミーの3人。物語の語り手はキャシーである。
その寄宿はイギリスのヘールシャムという都心から離れた町にあり、そこで繰り広げられる彼女達の奇妙な生活を描くところからストーリーが始まる。
彼女たちが、何故ここの寄宿舎にいるのか。その理由が物語の途中から徐々に明らかになってくる。
そう、彼女たちは、ドナーになるために産まれてきた子供達(クローン)なのである。だから、彼女達は様々なかたちで能力を試され、規制され、もちろん外界とのつながりを遮断されている状態で、日々の生活を送っている。
そんな彼女達3人は、18歳の時に寄宿を巣立ち、農場のコテージで一緒に共同生活を始める。その後、コテージをも巣立ち、外界で離ればなれに各々の生活を送って行く。それぞれに定められた過酷な運命を目の当たりにしながら、人生をまっとうしようと懸命に生きていく姿が物語の後半に描かれている。
映画は2010年にアメリカで公開され、翌年にイギリスで公開された。
フィルムで観ると、小説内での物語を少し早送りした感は否めないものの、風景、情景ふくめ、静寂さなど非常に忠実に再現できている。イギリスの田舎町に自分もいるような気分になるくらい、映像がとても美しい。
キャストはこちらの映画と同年に公開された『An Education (邦題:17歳の肖像)』でアカデミー主演女優賞候補となったイギリス人女優キャリー・マリガンが主人公キャシー役を演じる。日本では『The Great Gatsby(邦題:華麗なるギャツビー)』のヒロイン、デイジー役と言った方が馴染み深い上に、タイムリーかもしれない。
ルース役はこちらもイギリスの若手女優で、日本でも『Pirates
of the Caribbean(邦題:パイレーツ・オブ・カリビアン )』シリーズや『Atonement(邦題:つぐない)』などで非常に有名なキーラ・ナイトレイ、トミー役は『The
Amazing Spider-Man(邦題:アメイジング・スパイダーマン)』や『The Social
Network(邦題:ソーシャル・ネットワーク)』でお馴染みのアンドリュー・ガーフィールド。3人は、いずれもイギリス国籍を持っているイギリス映画界で今最もホットな若手のアクター達である。
キャリー・マリガンとキーラ・ナイトレイの共演は2005年のフィルム『Pride and Prejudice(邦題:プライドと偏見)』ぶり。ただ本作では、『プライドと偏見』でデビューし、脇役だったキャリー・マリガンが主人公兼語り手を務める。
キーラ・ナイトレイは今まで彼女が出演したどの映画のどの役よりも、ルース役がハマり役だったように思う。
3人とも、素朴さ、そして自らの 運命に対して葛藤する姿、その中でも自らの意思に従い必死に生きようとする姿を熱演している。
重い話ではあるが、救いがないわけではない上、風景も繊細で美しく、極端な設定の中にも自分に置き換えて“生きる”ということを考えさせられる映画でもあるので、是非一度は観ていただきたい映画である。